受験生と保護者の「第一志望こだわり」体験!

「油断すると落とし穴が」と書いてあり、私のことだと思いました。

私が成基学園に入塾したのは、三年生の三月でした。兄も通っていて、学校の仲の良い友だちもいたので、楽しく通えました。特に、算数の授業がおもしろかったです。
しかし、私は簡単な計算ミスや読み間違えなどのミスが多く、点数はあまり高くありませんでした。
そこで、数字を丁寧に書き、求められているのは何か、答えを書く前に確認するようにしました。すると、だんだんミスの回数が減っていきました。
四年生、五年生の時は、塾の宿題以外は何もしませんでしたが、宿題はしっかりやるように心がけていました。
六年生になると宿題が増えて、特に算数が増えて、授業のスピードも速くなってきました。けれど、先生がとてもおもしろく、クラスの男子もおもしろいので、あまり苦ではありませんでした。

第一志望は、京都教育大学附属京都中学校と早くから決めていました。兄が通っていて、日曜参観について行った時、雰囲気がのんびりしていて良かったからです。
宿題もしっかりやっていたおかげか、私は特に苦手な科目もなく、テストでもだいたい偏差値が五〇後半で、どの志望校もずっとA判定だったので、何の不安もありませんでした。

受験を意識し始めたのは 六年生の夏休みからです。
ずっと前に読んだ受験録では、私の志望校と同じ二つの中学校に合格した人が「ラプラス」を何回もくり返したと書いていたので、私もラプラスをくり返しやろうと決めていました。夏休みの算数の宿題にも、ラプラスを三回以上繰り返しやる、というのがありました。
京教大附京都中はすごく難しい問題はないけれど、解く時間が少ないのに問題が多いので、ラプラスの星一つ、二つは一分で、星三つは二分を目安にして時間を計って解くようにしました。また、間違えたら問題の横に印をつけておくようにしました。それは、冬休みにラプラスを見直す時に、印の多い順に見直そうと思っていたからです。
ところが、国語はずっと安定していて良かったのに、日曜進学教室後半になると、平均点が高いテストの時に点を取れないことが 二、三回あり、不安になりました。けれど先生が、
「スランプは一回くらいくるもんや。大丈夫。」
と言ってくださったので、気が楽になりました。また、国語の作文があるので、作文で点を少しでも確保しようと、三、四回先生に作文を見てもらいました。
理科は、すごく難しい計算問題はあまり出ないので、特に宿題以外はやりませんでした。ただ、てこと溶解度などはショートテストが悪かったので、できるようになるまで三回くらいショートテストをやり直しました。
社会は四教科の中で一番苦手でしたが、どちらの中学もそんなに難しい問題は出ないので、点が取れなくてもあまり気にしていませんでした。でも最後まできちんと宿題をやっていると、日進が始まってからは安定して点が取れるようになり、国語で下がった分をカバーしてくれたので、気持ちは楽になりました。
二十回の日進で、チャレンジコースの偏差値が平均六七だったので、かなり自信を持つことができました。

冬期講習が終わったら、その晩から祖母の家に行き、お正月までいとこたちと思い切り遊びました。母に、
「たるんでたら試験の時、変な失敗するで。」
と言われても、
「大丈夫。」
と笑っていました。しかし、お正月明けに北野天満宮に行って引いたおみくじは、なんと「半凶」でした。「油断すると落とし穴が」と書いてあり、私のことだと思いました。
気を引きしめて、次の日から勉強することにしました。けれど、試験まであと少しなのでラプラスの印の多い問題から見直し、京教大附京都中の過去問の見直し、国語は慣用句や敬語などを見直しました。
試験当日、友だちもいたので落ち着くことができました。

合格発表の日になり、見に行くと、まだ発表の時間ではありませんでした。けれど、数分たつと合格者番号が貼り出されました。そして、門が開いた瞬間に走って見に行きました。ずっと探していると、「あ、あった。」と思い、安心しました。
合格できたのも、はげましてくれた家族、授業を楽しませてくれた友だち、熱心に教えてくださった先生方のおかげです。今まで本当に、ありがとうございました。