受験生と保護者の「第一志望こだわり」体験!

「分析」だけで合格するわけではない。もちろん「努力」も必要だ。

僕の受験勉強の中で大きな意味を持っているのは、きっと日進と赤本だろう。

日進とは日曜進学教室の略で、全部で二十回ある。はじめの方の「エントランスコース」「ベーシックコース」は、めちゃくちゃ難しいというわけでもなく、苦手意識を持っていた理科も点数はよかった。問題は「ウルトラコース」からで、全教科が一気に難しくなった。算数では、応用力が全然ない僕には、解けないような問題が大量に出されたし、理科になるとなおさらそうであった。半ば僕は、算数や理科で勝負するのをあきらめていた。
そうした状況に終止符をうったのが、日進第十四回が終わってからだった。
日進で初めて理科の偏差値が五〇を下回ったのだ。おまけに初歩的なミスもいくつかあった。この状態を打開すべく、僕は作戦を練った。問題を解く順番に関しての作戦だ。「できる問題から先に解く」という鉄則と、過去の日進のデータをもとに考えて、出てきた答えは、「知識問題から計算問題」というものだった。つまり、わけのわからない化学や物理の問題は解けなくてもいい、ということだ。
この「順番作戦」は効果を現し、日進第十七回では何と、理科で偏差値八〇超えを達成した。過去の日進の分析だけで、これほど偏差値が上がるとは思ってもいなかった。その後の日進第十八回で、理科の偏差値は一時下降したものの、「ウルトラコース」の第十九回と第二十回の理科の偏差値はいずれも、六〇以上をキープしていた。

赤本とは、ある学校の過去問を解答・解説とともに、まとめられたものだ。僕は、英俊社発行の『洛南高等学校附属中学校・六カ年版』で勉強した。本来、四教科×六年分=二十四個もの過去問を解かなければならないはずだが、半分の十二個を通常授業ないし宿題でやっていたため、赤本を全てやり終えるまでさほど時間はかからないだろうと高をくくっていた。
しかし、算数の過去問は、通常授業や宿題では一切手がつけられていなかったので、六年分の算数の過去問に相当な時間が費やされた。ただ、六年分の算数の過去問を連続でやったことで、洛南高附中の算数の入試問題について、いろいろと見えてきた。例えば、平面図形は相似に限る、比・割合の文章題は情報整理が重要、などといったことである。
そこで、また「順番作戦」である。ただし、この「順番作戦」は赤本だけでなく、洛南オープンなども含んだ分析の結果である。本番で役に立ったかどうかは、はっきりとわからないが。

ここまでは「分析」について書いてきた。が、「分析」だけで合格するわけではない。もちろん「努力」も必要だ。
僕が塾に入ったのは三年の頃だった。何か習い事をしようということで塾に入った。三・四・五年の頃は宿題が終わっても、まだ余裕があった。
しかし、六年になるとそれは変わった。特に夏休みからは大変な毎日だった。それは「努力」なんかじゃなかった。宿題を順番にやっているだけだった。それでも最後の三者面談の時に、担任のM先生から、
「君はよく努力しているよ。」
と言われた。とても嬉しかったし、その後の勉強の原動力にもなった。とはいえ、本当の「努力」は一月に入ってからで、いろいろな講座の復習や赤本をやった。もっとも、たまっていた課題が全て終わることはなかったが。

洛南高附中学校、洛南高校の学校生活を経て、京都大学工学部に入り、そして国交省に勤める。
これが、僕のビジョンといえよう。
なぜ国交省か。僕は交通関係に興味を持っているからだ。京大に進学するために洛南では、苦手な数学の問題に力を入れたい。そして、困難にぶつかった時は「分析」と「努力」で乗り切りたい。

最後になりましたが、今まで僕を指導してくださり、合格へ導いてくださったメンターのみなさんに、感謝の気持ちを伝えます。
ありがとうございました。