受験生と保護者の「第一志望こだわり」体験!

本当の努力は一生の宝物であり、力である

二月二十一日、僕は担任の先生から渡された封筒をじっと見つめていた。その中の紙に書かれていた「合格」の二文字。その二文字を見たとき、僕は目頭が熱くなり、同時に自然と笑みがこぼれた。

僕が塾へ通い始めたのは、初めて経験する高校入試に対する不安が、少なからずあったからだ。心のどこかに、学校での授業は理解できているし、家でも勉強しているから大丈夫、という余裕があった。しかし、塾での授業が始まると、それが根拠のない幻想だったのだと思い知らされた。ハイレベル、ハイスピードの授業。自分の何倍もの勉強を積み重ねている塾生。それらを呆然と見つめることしかできない自分。僕はこのとき初めて、
「今の自分は、受験では通用しない。」
と感じた。それは厳しい現実であり、真の受験勉強の必要性を知った瞬間であった。

その日からは苦労の連続だった。生まれながらの負けず嫌いだった僕は、最後尾で周りの人を追いかけていた状況を打破するために、ひたすら勉強した。授業で習ったことは一字一句洩らさず覚えた。授業以外の時間は、周りが知っていて自分が知らないことを一つでも減らすため、メンターや友だちに質問した。役立つ公式から難しい英単語まで、自分の力になるものは全て吸収した。
今までの自分では考えられない量の努力を積み重ね続けていたある日、初めて受けた成基のオープンテストが返ってきた。結果は惨敗だった。久しぶりに目に涙が浮かんだのを覚えている。失敗の原因は明白だった。
数学である。
数学は確かに難しいが、苦手というわけではなかった。努力を怠ったこともない。それからも数学は何度も足を引っ張った。

ある日、数学ができない理由を聞きに行ったことがある。答えはすぐに返ってきた。
「数学は、数ヵ月の努力ではできるようにならない。もっと時間がかかる。」
つまり、数学の問題を解く上で必要な計算能力、数学的思考、発想は、時間をかけて育てていくものであって、短期間の努力でどうにかなるものではないということだ。
それからは前にも増して努力した。少しずつだが、確実にテストの順位が上がっていくのは楽しかったし、もっとがんばろうと思う基になった。

勉強がすごく楽しくなると、月日が経つのもすごく早くなるのは新発見だった。
気が付けば夏期合宿目前となっていた。何時の間にか、京都会場のAクラスに自分がいた。
僕は、合宿という新鮮な環境からたくさんの事を学んだ。特に、同じ部屋だった人からは大きな影響を受けた。中一の頃から大きな目標を目指している。これからはもっと努力していく。そう語った同い年の人を見ながら、僕は第一志望校を変えようと決意した。自分と同じ年齢の人たちが、夢を真剣に追いかけている。その姿を見て、自分も同じ舞台に立ってみたいと思うようになったのだ。
合宿を終えて、自分の中で何かが変わった。努力することが全く苦しくなくなったし、学習したことがスムーズに覚えられるようになって、自分の武器として使えるようになった。しかし、やはり弱点の数学と理科の点数は伸びなかった。やる気と結果が比例しないのは辛かった。それでもがんばり続けることができたのは、周りの人の支えがあったからだろう。

秋になって入試が近付いてくると、弱点克服を目指して重点的に勉強した。その時に糧となったのは、やはり周りの友だちだったと思う。特に日曜進学教室のウルトラコースを一緒に受けた人たちは、自分が成長するためのいい刺激になった。自分が高得点を出せば、周りはさらに高得点を叩き出してくる。次こそはと思いながら、さらに学習時間を延ばす。この繰り返しの中で、少しずつ弱点が無くなっていくのが、はっきりとわかった。力が付いてきたのが、しっかりと実感できた。今考えると、この時期の勉強が一番自分の力になったと思う。

入試当日持っていったのは、筆記用具と平常心、そして今まで知求館成基学園で積み重ねてきた力だけ。
はっきり言って、当日も自分の実力で通用するのか自信がなかった。そんな自分を落ち着かせてくれたのが、今まで自分が努力を「続けてきた」という事実だった。この一年間自分が積み重ねてきた努力は、確かに問題を解く力に、解けるという自信になっていた。それらは、合格という最高の形で返ってきた。

僕は一年間という短い期間の中で、とても大切なことを成基全体から学んだ。
本当の努力というのは、一生の宝物であり、力になるだろう。
本当の努力に限界はない。
本当の努力は始めやすく、しかも成し難い。
そして本当の努力は、決して一人ではできない。
自分と競い合うことができる友だち、自分のために親身になってくれるメンターの先生。本当に多くのかけがえのないものを、知求館で得ることができたと思う。
一年間、本当にありがとうございました。