受験生と保護者の「第一志望こだわり」体験!

あこがれの学校に行きたいのは、幼い頃からの自分の夢を叶えるため

二月十四日、京都私立高校の合格発表の日、私は自分の番号を見に行くことができなかったので、一人で放課後しんとした教室の中で、合否の報せを待っていました。
自信がなかったからか、
「落ちたらどうしよう。次どこ受けようかな。」
と、落ちた時のことしか考えられませんでした。

担任の先生が教室に入ってきて、
「おめでとう。」
と言ってくださった時は、信じられず、思わず三度も聞き直してしまいました。しばらくして、ようやく洛南高等学校に受かったということを自覚した私は、すぐに家に帰って、涙を流しながら姉と抱き合って喜びました。
これで自分の夢に一歩近づけたと思うと、嬉しい気持ちでいっぱいでした。同時に、今まで私を応援してくれた家族や祖父や祖母、塾の先生方に合格したことを、私の口から伝えたくてたまらなくなりました。電話をするたびに、
「おめでとう。よくがんばったね。」
という言葉をもらい、涙がこぼれそうになりました。

その涙は、もちろん合格したことへの喜びの涙でもありましたが、こんなに多くの人が私のことを応援してくれていたのだという感動の涙でもありました。その時、
「私は多くの人に支えられて、ここまで来られたんだ。感謝しろって人に言われるより、自分で感じる方がいいな。」
と、初めて思いました。そう思うと、今まで私の周りの人が私にしてきてくれたことを、当たり前のようにして受け取ってきた自分が情けなく思えました。

思い返してみると、この三年間は私にとって、とても大切で大変な三年間でした。
私は、小学校四年生の時に成基学園に入塾し、中学校受験をしました。でも、努力不足だったために、第一志望としていた中学校に受からず、
「もっと真面目に勉強していればよかった。」
と、泣きながら後悔をしました。自分の中でも自信はなかったものの、現実をつきつけられると、涙が止まりませんでした。悲しい涙というより、自分への怒りの涙です。

しかし、いつまでも泣いてはいられないと思った私は、すぐに中学一年生の勉強をし始めました。
「自分が納得するまで解く。」
「必ず復習をする。」
入塾したころにはわかっていたことが、塾に慣れてくるにつれて忘れてしまっていたのです。私は改めて、
「高校受験では、第一志望に受かるぞ!」
と強く決心しました。

しかし、中学生になって部活にも入り、忙しくなり始めた私は、勉強のことをすっかり忘れて、部活に熱中するようになってしまっていました。私が勉強に集中できるのは、土曜日や日曜日、テスト期間だけでした。勉強している時間は少なくなり、みるみるうちに成績は下がりました。その度に、部活をやめることを考え、顧問の先生に何度も相談しました。
でも、顧問の先生に、
「勉強と部活を両立している人はたくさんいるから、あなたも大丈夫。」
という言葉をかけられては、部活もやめられなくなり、結局、勉強も部活も、中途半端なまま二年生の二月を迎えてしまいました。

二月最後の国語の授業で、S先生が、
「今まで勉強があまりできていなかった人たちは、授業調整日の一週間、やり残したことを全て仕上げなさい。」
と、おっしゃいました。
普段から勉強している人にとっては、あまり気にしなくてもいい一言です。でも私にとって、その一言は、とても焦らされる一言でした。
「自分の弱点をなくすチャンスだ!」
そう思った私は、調整日の七日間、全教科をそれぞれ同じ時間ずつくらいになるように勉強しました。
理解していない量にゾッとしながらも、一つひとつ苦手をクリアしていきました。七日間必死で勉強に取り組んだことで、安心して三年生を迎えることができました。

三月に行われる公開テストの前日。数学科のH先生に呼び出され、少し不安に思いながら教室に入りました。
「洛南高校に入りたいのか?」
一番最初に聞かれたことです。そして、私が、
「入りたいんですが、そこまでのレベルがないので…。」
と言ったことに、H先生は、
「洛南目指して一緒にがんばっていきましょう!」
と、言ってくださいました。力強い言葉でした。
この日から、さらにやる気が出てきて、元々勉強の習慣がついていない私は、授業を除いて毎日四時間自分の苦手をなくすための勉強にあてる時間を作りました。
「高校に受かったら、長年の夢である医者になれるかもしれない!」
と思うようになったのも、その時からでした。

私が医者になりたいと思ったのは、
「一人でも多くの人を、自分の手で救いたい。」
という思いからです。
私の身近に、病気で苦しんでいる人がいます。その人は、私にとって、とても大切な人です。でも、私の手では治すことができません。
「私は何もしてあげることができないのか…。」
と、ただただ悲しいだけでした。

じゃあ、私にできることは何か。
「励ます」
いや、違う。
「私が医者になればいいんだ!」
小学校四年生の私は幼いながらもそう考え、その思いが今も頭からはなれません。その時から私は〝医者〟という言葉を聞くと、自分から興味を持って聞こうとするようになりました。

医者を目指すなら、勉強しなければなりません。さぼり癖のある私は、自分の夢を実現するために、洛南高校を選びました。
じゃあ、洛南高校に合格するためには、今、何をしなければならないのか。その答えはたった一つ。やはり、勉強することでした。強い意志を持った私は、一人でも多くの人を抜くことよりも、自分に勝てるような勉強をすることに熱中しました。
でも、勉強をずっと続けていると、受かるかどうかわからない不安が強まりすぎて、一人涙することもありました。そんな私を支え、六年間塾に通わせてくれた両親、いつも熱心に教えてくださった塾の先生方には、本当に感謝をしています。ズタズタになっても耐えて、学力的にも精神的にも鍛えられた一年でした。

でも、ここがゴールではありません。私の夢へのスタートラインです。
自分の夢に向かって、一歩一歩進んでいきたいです。