受験生と保護者の「第一志望こだわり」体験!

成基学園とゴールフリーで、苦手弱点克服成功!

僕が合格できたのは、苦手な科目があっても最後まであきらめず、点数を取れるよう努力したからだと思う。今までの受験までの道程を振り返ってみたい。

僕が、中学受験をしようと思った理由は二つ。兄が私立中学に通っていたこと、そして、兄が通っている学校の先生から、
「待っているね。」
と、言われたためだ。
僕は、受験をするために初めは、電車に乗らずに通える進学塾に通っていた。しかし、成績があまりのびなかったので、兄も通っていた成基学園に、五年の六月から行くことにした。

成基学園にはすぐに慣れ、八月にはクラスで総合順位一位になり、オープンテストの成績も安定してきた。それから、クラスが上がり、オープンテストの偏差値が最高で五四まで上がった。それから六年生になり、オープンテストの偏差値が五六まで上がった。
日曜進学教室が本格的に始まり、いそがしくなってきた。そして、夏休みは、講習会、合宿、算数特訓などたくさんのイベントがあった。十二年間で一番、しんどい時期だったと思う。夏休みが終わり、二学期がはじまった。学校では運動会の練習があり、毎日ヘトヘトであった。

ちょうどその頃、成績が悪くなった。原因は算数の図形が全然できていなかったことだ。父から、
「テストやプリントを、何度も復習した方が良い。」
と今まで言われてきたが、復習は一度きりで、したつもりになっていたせいだった。
この弱点を克服するために、僕はゴールフリーに行くことを決心した。だんだん、図形の問題ができるようになった。僕は、旅人算も苦手だった。頭の中だけで考えるくせがあり、書いて整理して解く、ということがあまりできなかったからだ。それもゴールフリーであきらめず勉強し、整理して解く、ということができるようになってきた。そして、学園の授業でもあきらめずしんぼうして、授業をきき、理解できるようになってきた。

十月、十一月になり、そろそろ真剣に志望校を決めないといけない時期になった。
いろいろ迷ったが、最終的に兄が清風中に行っていて、楽しそうで、先生もしっかりされているので、清風中学校の理Ⅲ6か年コースに決めた。
目標もしっかり定まり、追い込みをかけ、赤本を苦手な算数を中心に積極的に解いていき、なんとか合格点はとれるようになった。しかし、本番ではないので気をぬかず、明星や岡山中学校などの他の中学校の過去問も先生方からいただき、過去問演習を徹底的にこなしていった。当然、わかったつもりにならないように気をつけて。

冬休みに入り、最初の岡山中学の受験が近づいてきた。講習会、正月特訓を今まで以上の集中力でがんばった。岡山中学の受験の時、とても緊張した。会場では算数のY先生がきてくれて、少し緊張がほぐれた。それから、数日後、合格の通知が来た。うれしかった。本番はまだだけど、少しほっとした。本番直前には、直前特訓などがあり、最後の確認をした。

十五日、本番当日、岡山中学の時よりも緊張した。国語、算数はできたが、理科は少しミスをしたかと思う。
次の日の明星中学は担任のH先生が、
「清風理Ⅲ、きっと合格している。だから、今日もしっかりやってこい。」
と言ってくれて、少し安心した。けれど合格発表が気になって、集中力が欠けていた。やるだけのことはやったのだと思い直し、明星中学の試験に集中した。試験が終わり、父と母が迎えに来てくれた。すると、父が、
「理Ⅲに合格していたよ。」
と言ったので、緊張が一気にとけた。
実際に自分の目で確かめたかったので明星中学を出てすぐ清風中学に向かい発表を見た。自分の番号を見つけ、改めて合格したのだと実感した。明星中学にも合格した。
もし、成績が悪くなった時、現実に目を向けず、苦手な算数をしていなければ、このような良い結果にはならなかっただろう。苦手だから目をそむけるのでなく何とか合格するため、最後まであきらめず苦手科目に取り組んだことが本当に大きかった。

これまで、ご指導してくださった、成基学園高槻教室の先生方、本当に心からお礼申し上げます。本当にありがとうございました。
次の僕の目標は、兄のように現役で国公立の大学に行くことです。そして将来的には、僕の夢である海上保安官のような人の役に立つ仕事につけるよう、がんばっていきたいと思う。