受験生と保護者の「第一志望こだわり」体験!

母の言葉を胸に気を引き締め、努力した日々が実を結ぶ

全ての入試が終わった。
中学校に入学する前に、今までの受験勉強を振り返ってみたい。
辛い受験勉強だったが、ぼくが最後まで勉強し続けることができたのには、いくつかの理由がある。その中でも最大の理由は、先生や家族がぼくを支えてくれたからだと思う。

四年生のときに、ぼくは成基学園に入塾した。自分自身から塾に入りたくて入ったのではなく、父や母に塾に行くことを勧められて入塾した感じであった。けれども、四年生の間の勉強は特に難しいこともなく、いい調子で五年生に進級した。

五年生になって最初の算数の授業は、今でもはっきり覚えている。算数のY先生が一喝した授業である。先生に一喝されて、ぼくは四年生の間は真面目に勉強してこなかったことに気付かされた。
「今日からは真剣に取り組もう。」
その時、ぼくはそう決心したのである。
Y先生だけでなく、四教科の先生方全員がぼくたちのことを思い、全力で教えてくださっていることを感じた。先生方全員がぼくたちのために動いてくださるのを見て、先生たちのためにもがんばろうという気持ちになった。そのためか、成績はどんどん上がっていった。そんな時に母が、
「ここで気を抜いたらあかんよ。」
と言った。
しかし、ぼくはその言葉を聞き流して机に向かった。

あっという間に六年生になった。六年生になると、授業の時間数が増え、それにともなって宿題も増えて、受験勉強に少し辛さを感じるようになった。六月に入ると日曜進学教室が始まった。いよいよ本気にならなければならない時期なのに、この頃から勉強の手を抜き始めていた。

夏期講習会、夏期合宿、算数集中特訓とあわただしかった夏休みが終わり、日曜進学教室が再開した。その最初の日曜進学教室で、ぼくは国語が五十八点だった。平均点も高く、特に難しくなかったはずなのに、こんな点数しか取れないなんて…と思った。五年生のときの、
「気を抜いたらあかん。」
という、母の言葉を思い出した。この言葉を忘れずに、しっかり実行していればと悔やんだ。
スーパー特訓から知求館成基学園に帰った後も、算数のY先生や国語のY先生に怒られた。今度こそ一生懸命勉強することを決心した。けれども、成績は思うようにのびない。不安やあせりも、少しずつ感じるようになった。だからこそ、今までより文章を読む量を増やし、過去問をもう一度ていねいにやり直したりした。夜遅くまで勉強している自分を見て、母は、
「無理をしないように。」
と、言ってくれた。今度は母の言葉をきちんと聞こうと思った。

こつこつ勉強していた成果が出ないかなと思いながら、十月、十一月が過ぎていった。そして転機がおとずれる。日曜進学教室の第十八回の算数で、なんと一〇〇点をとることができたのだ。ぼくは一〇〇点という結果に興奮したし、自慢もしたかった。でもここで満足してはいけない。母の言葉を思い出し、これからも気を抜かず、無理をせずに勉強していこうと思った。

最後の二回の日曜進学教室も、成績は好調だった。そこでぼくの心の中に一つの思いがわき上がってきた。それは、第一志望校である洛星中学校のほかに、東大寺学園中学校も受験したいというものだった。今までの成績のことがあるので、おそるおそるそれを算数のY先生に打ち明けると、先生は、「それは賛成!」と、ぼくの背中を押してくれた。先生に賛成してもらった! という気持ちで、より一層がんばって勉強した。先生が応援してくださったことは、今でも本当に感謝している。

年が明けて、いよいよ待ちに待った一月十五日になった。入試の当日はとても緊張していた。けれども体育館での激励のときに、いろいろな先生方がみんなを励ましてくれたので、試験に立ち向かう勇気が出た。算数で少し失敗してしまったが、結果は合格していた。とてもうれしかった。本番で結果を出せたことで、とても自信がついた。
洛星中学校の二日後に、東大寺学園中学校の試験があった。前日に洛星中学校の合格発表を経験してきたことで、気は楽だった。そして東大寺学園中学校の結果も合格。とてもうれしかった。
ぼくはとても幸せだと思った。家族や先生に支えてもらい、志望校に合格できたことを誇りに思った。家族にも先生方にも、心から感謝している。

今は、これからの中学生活を思いっきり楽しもうという気持ちでいっぱいだ。さあ行こう、夢の舞台へ。