受験生と保護者の「第一志望こだわり」体験!

今まで生きてきた中で、一番うれしかった雪の朝。合格のとき

洛星中学校の合格の日のことは今も忘れない。その日は、朝から雪が降っていて、とても寒い日だった。
「ある! ぼくの受験番号がある。」
掲示板に合格者の番号が発表され、お父さんが、
「Mの番号があるよ。」
と言ったとき、ぼくはその声を信じられなかった。ぼくは、掲示板の近くに行って、自分で番号を何回も確認した。ぼくの番号は間違いなくあった。
「やったぁ!」
ぼくは、心の中でさけんだ。
塾のM先生も来てくださって、ぼくを抱きしめて喜んでくださった。それから、進路指導や国語を教えてくれたK先生に連絡をし、電話の向こうで先生が泣いて喜んでくださっているのがわかった。だんだんと、実感がわいてきた。今まで生きてきた中で、一番うれしかった。

ぼくは受験のために、洛星中学受験の前日の夕方から、京都に来ていた。一回目は、洛星中学校、二日目は東山中学校を受験した。洛星中学校の後、
「今までで一番できた。」
と感じた。ただ、洛星中学校だから、ぼくができたと思う程度では、合格は無理かな? と思った。
次の日、東山中学校を受験した。国語以外は、ばっちりのできだった。結果的には、東山ユリーカも合格することができた。

ぼくが洛星中学校に行きたいと思ったのは、夏の学校説明会に行ってからだ。それまでは、交通の便利さと洛南高附中という名前から、洛南高等学校附属中学校を受験しようと思っていた。しかし、洛星中の学校説明会での校長先生の話や、校内を案内してもらってから、学校の雰囲気がぼくにあっていると感じた。その日から洛星中への合格を目標に、勉強をスタートした。

ぼくが成基学園に通いだしたのは三年生のときだった。
三年生、四年生の時は勉強が楽しく、成績も上位をキープできていた。五年生になってからは、宿題の量も多く内容も難しくなってきて、今まで楽しかった勉強が苦しいものに思えてきた。塾で出される宿題をすることだけで精一杯の毎日になってしまった。それでも、がんばろうと思い、勉強した。すると、少しずつテストの点数も上がり、時間にも余裕がもてた。
いよいよ受験の年である六年生になり、今までの習い事をやめたので、時間ができたはずなのになぜか、勉強に身が入らず、塾に残り、宿題を夜おそくまでやることもあった。

日曜進学教室では、最後まで成績が上がらず、洛星中の合格圏内にはとどかない状態だった。理科で最低点を取ったときは、目の前が真っ暗になった。そうこうしているうちに、日進が終わり、受験一ヵ月前なったとき、K先生と最後の面接があった。先生は、
「第一志望はどこですか。」
と聞かれた。ぼくは、
「洛星中学校です。」
と答えた。K先生は、
「わかった。それでいこう。いける。」
と、言ってくださった。そして、先生と相談の上、約一ヵ月Pサポートを受けながら最後の追いこみをした。

受験の日が近づくに連れて、だんだんとプレッシャーも加わり、勉強からにげたい気持ちにもなった。それでも、塾に行くと友だちが、がんばっているので、
「がんばろう。」
と思った。
受験の当日は、思いのほか落ち着いていられた。自分に、
「だいじょうぶ。」
と、言い聞かせた。
受験が終わった後、
「やれるだけのことはやった。」
と、思った。結果はどうであれ、これでいいと思えた。
今回の受験で、ぼくは、
「やればできる。何事もあきらめてはいけない。」
と思った。
これからも、この受験のことを忘れず、思い出し、僕の夢実現に向かって進んで行きたい。

最後に、ぼくを合格へと導いてくださったK先生、各教科の先生方、Pサポートの先生方に感謝します。
そして、支えてくれた家族、ともにはげましあった塾の仲間に感謝します。ありがとうございました。