受験生と保護者の「第一志望こだわり」体験!

わからない問題は、考え、きっかけをつかみ、理解すること

合格した時、僕はどんな姿で、どんな気持ちでいるだろう。四年生の時、そう思っていた。この気持ちは、中学校受験への期待ではなく、勉強する意欲も実力もなかった僕の絶望そのものだった。塾、やめてしまおうか、何度そう思ったことだろう。
しかし、ダメな僕に転機が訪れる。
いや、正しくは僕に転機をくれた先生がいる。
それは、国語のⅠ先生だ。先に言っておくが国語の成績が急に上がったのは、一年ほど後のことであり、この時は成績を上げるための強さを身につけていったような気がする。

漢字テスト→五十点の内、二十~三十点という成績をとり続けていた僕。五年生の最初の漢字テストも、その程度だった。そのテストの返却の時に怒られた。宿題のやり方が適当だと。しぶしぶ、次の宿題はていねいにした。すると、少し点数が上がった。次から、もっとがんばってみようと思った。もっと点数が上がった。もっとがんばって…。
この時、初めて僕は、勉強すると点数があがることに気づいた(まだ、気づいたというだけで、他の教科でも努力してみようとまでは思わなかったが)。
「国語っておもしろい。」
段落文章を読んで、問題文を読んで、答えを見つける。この、答えをつくるのではなく、答えを見つけるというのがよかった。ひらめきも暗記力もない僕でも訓練をすればできると思った。
話題をもどすが、Ⅰ先生は、先生でない先生のような気がした。おもしろい冗談などを言ってくれるおかげで、楽しみながら授業を受けることができた。ありがとうございます。

ところで、勉強が大嫌いで、先生に迷惑をかけていた僕にも、一つだけ喜べることがあった。それは、わからない問題を考え、きっかけをつかみ、理解できたことだ。
僕の考えでは、
わからない問題→先生にすぐ聞く
というのがとても効果的で、このやり方がよい時もある。しかし、まだ時間が残されている時には、
わからない問題→考える→わかる
の方がよいと思う。
また、考えた後で先生に聞くというのもよいと思う。
それは、どちらも自分で考えることにより、問題のわからない部分がどこなのかを具体的に知り、「ああ、そうだったのか。」とスッキリした気分とともに、その問題を理解できるからだ。全てのわからない問題をこのようにして理解していくというのは無理でも、それに近づけていくことはできると思う。
僕が、この考えることの大切さに気づいたのは、六年生の九月ぐらいで、実際に実行するより先に、今まで暗記するのをさぼってきた用語などを覚えなければならなかったので、実行はできなかった。

最後になるが、僕は第一志望校に落ちた。勉強に、やる気と楽しさを持たなかったので、当然といえば当然だろう。受験が近づくとがんばったが、やり始めるのが遅過ぎたことを、少し後悔している。
みなさんは、早いうちにやり始め、少しの後悔も残さないように、合格目指してがんばってください。そして、後悔することなく入試にのぞめる方は、おそらく合格なさるでしょうから、先に言っておきます。
「合格おめでとうございます。」