受験生と保護者の「第一志望こだわり」体験!

志望校に合格できたのは支えてくださった人たちのおかげ

一月十七日。僕の第一志望校である灘中学校の合格発表の日でした。
「受かっているかな。大丈夫かな。」
などと思いながら、不安な気持ちで灘中学校に向かいました。そして、灘中学校に着きボードを見ると、合格者の番号の中に、自分の受験番号二五六番がありました。
「やったー。」
と叫んで喜びました。僕は安心しました。今まで努力したことが報われたと思いました。となりを見ると、お母さんは満面の笑みで、手を大きく上げて喜んでいました。お父さんも、同じような様子でした
お父さんもお母さんも、僕のことなのに、自分のことのように喜んでくれ、本当にありがたいと思いました。

僕は、三年の九月ごろに入塾しました。三、四年のころは受験について深く考えず、気楽に宿題だけをやっていました。
五年になると、三、四年のころに比べて、かなり内容が難しくなりました。そして、そのころから受験を少し意識するようになり、勉強も少し真面目にするようになりました。

このころ僕が、勉強面で心がけていたことが二点あります。
一点は授業後の復習で、一日後くらいまでに一回、土日に一週間分まとめて一回、計二回実行していたことです。
T先生に言われたことがきっかけで、やってみると成績がかなり伸びたので、実行するようになりました。僕はこのとき、先生のおっしゃることは聞くべきだと思いました。
もう一点は、わからないところは積極的に質問するようにしていたことです。
わからないところは遠慮せず、先生を困らせるほど質問するべきです。ただし、質問するときは、しっかり考えてからしましょう。そうしないと、効果が半減してしまうからです。このようにして、六年生の夏ごろまで勉強をしてきました。

日曜進学教室のコースが、ウルトラコースとチャレンジコースにわかれてからは、国語の成績が思ったように伸びませんでした。国語のY先生に相談すると、
「時間がもう少し余るように。」
「細かいところのみにとらわれず。」
などと言われました。それを日進で言われたとおり実践してみると、少しだけ成績が上がったので、安心しました。
赤本については、日進のウルトラコースが全て終わるぐらいまで、やることを禁止されていました。僕は、
「そんなに遅くから始めて、大丈夫なのかな。」
と思い不安でしたが、とりあえず言うことを聞きました。
でも実際にウルトラコースが終わってからやってみると、意外にすらすらできて、灘の過去問も六年分の問題集はすべて終え、灘の算数と理科の問題集も十五年分ぐらいは終えることができました。僕は、先生のおっしゃることは聞くべきだなと改めて思いました。

入試直前の正月は、僕は気管支炎になって家で寝込んでいました。そのため、正月特訓は参加することができませんでした。でも僕は、そのころかなり忙しかったので、
「これでゆっくりできるかな。」
などと思っていました。僕はこのとき、あまり焦ってもいいことはないなと感じました。何事も落ち着いてするべきだと思います。

灘中学校の入試一日目。
函館ラ・サール中学校を受験していたので、少し慣れていたけれど、やはり緊張しました。でも、お父さん、お母さんが励ましてくれたので安心して入試に臨めました。試験が終了したときには、特に算数と理科が難しかったので、
「明日、大丈夫かなぁ。」
と思いました。
入試二日目。
この日はT先生が激励に来てくださり、自信を持って試験に臨めました。こうして合格を勝ち取ることができました。

これから受験をする人へ、伝えたいことが四つあります。
まず、先生のおっしゃることをしっかり聞き、授業後は復習をしましょう。
次に、わからないところは放っておかず、しっかり考えてから先生に質問しましょう。
そして、入試当日は、わからなくても、最後まであきらめないようにしましょう。
最後に、合格したら、さまざまな人のおかげで合格できたことに感謝しましょう。
僕も、成基学園の先生方や家族など、様々な人に支えてもらいました。先生方は熱心に指導してくださったり、温かく見守ってくださったりしました。家族は、僕が受験することを応援し、いろいろなことをしてくれました。
僕が志望校に合格できたのは、僕を支えてくださった人たちのおかげです。本当にありがとうございました。