受験生と保護者の「第一志望こだわり」体験!

バレエで培った精神力と、メンターの励ましで乗り越えた数々の苦難!

「あった…あった!」
私の声が響きわたる。私は母にとびついた。そして、周りの人々や自分のいる場所を忘れ、泣いて喜んだ。
私は成基学園中学部で過ごした三年間を振り返った。何度も泣いた。何度も喜んだ。そして、私は変わることができた。

「偏差値三十六」
絶望的な値が私の目にとび込んで来た。中学一年、初めての模試の返却日だった。当時は勉強が大嫌いで宿題さえもしなかった。無知な自分を認めたくはなかったからだ。そして、その日以降、塾に行くことが辛くなった。
「自分はみんなより劣っている」
そう思ううちに、退塾も考えるようになった。

そんな私を変えてくださったのは、当時の英語のメンターだった。私は習い事のバレエを優先し、週二回の英語の授業のうち、一回を欠席していた。そこで、そのメンターは、バレエのせいで私が他の人より遅れないように毎週補習をしてくださった。メンターの親切な気遣いはとても嬉しかった反面、
「私なんか全然成績よくないのに…」
と申し訳なく思っていた。だから、私は、
「良い結果を出し、先生に感謝の気持ちを伝えよう」
と決心した。毎日、少しずつ勉強量を増やし、自分のペースで取り組んだ。その結果、秋から成績がどんどん良くなり、意欲的に勉強するようになった。私は初めて、学ぶ事の楽しさを知ったのだ。

その楽しさは、勉強すればするほど理解できるようになった。第一志望校の嵯峨野高等学校がA判定になったのは、二年の六月ごろだったが、
「ここで怠けるのは間違っている。できるところまでやってみたい」
と思い、その成績に満足せず、より努力することを決心した。熱心な指導をしてくださるメンターの方々、温かく支えてくださった桂教室の事務の方々や教室長、競い合った友だちのおかげで私の成績はどんどん上がっていった。

しかし、三年間で、どんなにがんばっても成績の上がらない時期もあった。日進の半ばだ。それほどに成績が下がったのは初めてだったので、私は、何が原因なのか、どうすればよいのか、分からなかった。また、自分をコントロールできず、周りに八つ当たりばかりしていた。そして、自分が嫌いになっていった。
そんな私を救ってくださったのは、理科のメンターだった。メンターは毎週授業後、遅くまで質問に答えてくださったり、相談にのってくださった。そして、何度もアドバイスを受けているうちに、問題量が多く、難度も高いウルトラの問題に圧倒され、パニック状態になっていたことに気付いた。

それからは、とにかく、落ちついて解くことを心がけた。できない問題を捨て、得点にできる問題をミスなく、確実に解こうとした。それでも、「もうだめだ」と思ったら、「圧倒されるな」と自分に言い聞かせて取り組んだ。時には、成績が悪い時もあったが、徐々に偏差値は上がり、入試直前には三年間で最高の成果が得られた。
入試当日は一番良い状態だったので、後悔もなく、気持ちもすごく安定していた。直前に、メンターが、
「君が受からなかったら、誰が受かるんだ。」
と励ましてくださったのも、大きな自信になった。

さて、私の三年間の経験に基づき、後輩たちに伝えたいことがある。
まず、自分の力を最も発揮できる状態を見つけてほしい。もちろん、十分な知識も必要だが、発揮できないと無駄な努力になってしまう。
次に、日進の復習を徹底的にしてほしい。実際、私が入試直前にもう一度伸びたのは、日進の問題を丸暗記したからだ。特に、数学・理科は必ず効果が得られる。
そして、今日から勉強とその他の事のけじめを付け、どちらにも集中して精一杯努力してほしい。実は、私は入試二週間前まで習い事のバレエに通っていたし、前日まで集中力アップと気分転換として家でバレエを踊っていた。それでも合格したのだ。つまり、成績アップのためには、長時間だらだらと勉強するより、集中して、「絶対解いてやる」「絶対覚えてやる」という姿勢で取り組む方が効果的なのだ。もう一度、自分を見つめ直し、学習に取り組んでみてはどうだろうか。がんばってほしい。

最後に、私は本当に多くの先生方に支えられてきた。桂教室のすべての方々、また、他教室の先生方にも助けていただいた。私は、そんな先生方、同じ桂教室の同級生、そして、家族のおかげで、本当に恵まれた環境で学ぶことができた。私を支えてくださったすべての方々に感謝の気持ちでいっぱいだ。
志望校合格はゴールではなく、スタートだ。これからも、成基学園の卒塾生であることを誇りに、学んでいきたいと思う。