受験生と保護者の「第一志望こだわり」体験!

六年生からの入塾。くじけそうなとき、支えてくれた家族に感謝!

受験は「山登り」のようだと私は思う。
私は大きな山を一生懸命登ってきた。そしてとうとう「合格」という名の山の頂上にたどり着くことができた。それは、たくさんの人の支えがあったからだ。

私が成基学園に入塾したのは六年生の初め。でも、周りは五年生の頃から塾に通っているという人が多く、私は、自分だけ置いていかれるような気がして、とても不安だった。最初の算数の授業は、公倍数や公約数の学習。私はこの頃、公倍数や公約数なんて言葉は全く知らなかった。私がその授業の中で解けた問題は、一番の問題だけ。でも、他の人は、二番の問題も三番の問題も、次々に解いて行く。私の不安は、さらに大きくなった。授業が終わり、外に出ると母が迎えに来ていた。私は、母の顔を見ると、どっと涙があふれてきた。母は私をはげまし、家に帰ると、問題の解き方をていねいに教えてくれた。

でも、私はこの時から塾に行くのがいやになった。
『塾の問題は難しいし、どうせ私には解けない。塾のみんなはできるかもしれないけれど、私には無理』
そう思い、受験なんてしたくないと思い始めた。
その時私は、私を応援してくれている人の気持ちを考えていなかった。今思えば、自分は何であの時、受験をしたくないなんて思ったのだろうと思う。なぜ、足を止めようとしてしまったのだろう。山は高いと知っていたのに。

そんな私も、だんだん塾に慣れてきた。そして、母も私のことを必死に支えてくれた。わからない問題があれば、一緒に問題を解いて、やり方を説明してくれた。それに、プリントの整理もしてくれた。また、月例テストの日には、お弁当箱が入っているふくろに、母がかいた四コママンガと手紙が入っていた。このような母の応援が、私の心の支えとなった。

そして、十月。模試があった。結果はA判定。西京高等学校附属中学校志望者のうち、六位という良い成績だった。この時、私は、
『きっと合格できる。絶対に合格してやる』
そう思った。

冬休み、この頃になると、
『もうすぐ入試だ』
という気持ちが高まってきた。毎日のように冬期講習があった。一日たつごとに、塾の受付の前にある、「入試まであと◯日」の数字が減っていく。その数字を見るたび、私は、
『あと少しだ』
と思った。でも私は入試が近付いたからといって、毎日毎日勉強ばかりしていたのではない。家族とテレビを見たり、親せきと遊んだりして、リラックスもした。勉強ばかりだと、逆につかれてしまうのではないかなと思った。もちろん、勉強もした。といっても、赤本を二年分と適性検査問題集を三校分。少し少ないような気がしたが、
『今まで、少しずつ少しずつ歩いてきたんだから、大丈夫!』
と自分をはげました。

一月十六日。いよいよ入試本番。祖母がくれたお守りをかばんにつけ、会場へ。高い高い山の頂上が、ようやく見えてきた。会場につくと、母の電話に親せきからのメールがきた。
『応援してるよ。がんばれ!』
入試本番は、もちろん緊張した。だが、落ち着いて問題を解き、面接の時も、しっかりと自分の意見を言うことができた。

結果発表の日。この日も、いつものように学校がある日だったので、いつものように登校した。でも、合否が気になり、全然授業に集中することができなかった。授業が終わり、急いで家に帰った。おそるおそる、玄関の扉を開け、小さな声で、「ただいま。」
と言うと、リビングから、母の、
「おめでとう!」
という声が聞こえてきた。私はびっくりして、
「えっうそー!? ほんま? ほんまにい!?」
と言って母にだきついた。気がつくと、私の目から涙があふれ出ていた。私は、「合格」という山の頂上に、たどり着くことができたのだ。

受験、それは山登り。
合格までの道は、とても長く、険しいものだった。
大きなかべにぶつかることもあった。
それに、晴れの日ばかりじゃない。
雨の日も風の日もあった。
それでも私はあきらめずに、山を登り続けた。それは、たくさんの人が応援していてくれたから。支えてくれたから。家族のみんな、成基学園の先生方、他にも私を支えてくれた、たくさんの人に伝えたい。ありがとう、本当にありがとう、と。
私はこれからも、「夢」に向かって歩み続けます。