受験生と保護者の「第一志望こだわり」体験!

メンターからの教えを胸に、ただひたすら自分の進むべき道を行く!

自ら求めて学ぶ、この言葉は僕を志望校合格まで支えてくれた言葉です。
僕は四年生の一年間SSSに通っていました。その時にこの言葉を教えてくださったのが算数のT先生でした。T先生は大変厳しい先生で宿題はもちろんのこと、その何倍もの量を自らやっていかないといけなくて正直苦しい時もありました。しかしそのお陰でどんどん力がついていき、オープンテストでは十位以内をとれるようにもなりました。

しかし五年生になった時、突然両親から塾を辞めるように言われました。僕自身一度も塾を嫌だと思った事はなかったので両親の考えがよく分かりません でした。よくよく話を聞くと、両親は小学生の僕に勉強以外の事をたくさん経験して欲しいし、受験を本当に自分自身がしたいかどうかをしっかり考えて、その気持ちがあるなら一度独学でがんばってみなさいという考えでした。

それからは習っていたチェロの練習に励んだり、クラブをしたり、自分がしたいようにしていました。その間も受験意識はあったので独学で自分なりにがんばっているつもりでした。
そして二ヵ月ごとに外部生も受けられるオープンテストを受けてみました。すると受ける度に成績が下がっていくのが現状でした。結局独学で勉強してい ると言ってもそれは的を射たものではなく、応用問題に適応できる力は全くついていない状態でした。六年の三月に受けたオープンテストで五〇〇位ぐらいの今 までで一番悪い点を取り、このままでは志望校に合格する事は絶対に無理だと思いました。
そこで改めて自分を見つめなおし、志望校に合格したいと思いました。どうすればいいのか悩みました。このまま独学を続けるのは無理だと思ったので、両親に受験まで残りの半年だけ塾に復帰することを頼みました。
すると両親は、限られた時間しかないけれど、自分がそう強く思うのなら後悔しないようにチャレンジしなさいと応援してくれました。

復帰は四条西院教室にすることになりました。もともと通っていたSSSの教室長が連絡してくださっていた事もあって、四条西院教室の先生方は僕を温かく迎えてくださいました。
そこではじめに校長先生に、今から自分の希望する中学校に合格しようと思うのなら、人の何倍も努力しなさいと言われました。前に習っていたT先生も、一年間のブランクを後悔せず、そんなことをはね除けてがんばりなさいと応援してくださいました。僕は残りの六ヵ月間勉強に専念する事を決意したので、受験が終わってからまたできると思うチェロやクラブは辞め、ゲームも片付けました。

はじめに一組の中に入りました。
みんなとの学力の差は歴然で、不安がいっぱいになりました。志望校を考えると何がなんでも三組に入りたいという思いが募りました。その日からは片時も勉強から離れないという思いでした。絶対成功させるには、自ら求めて学ぶをまさに実行していくしかないと思いました。僕は家で一人で勉強していると夕方寝てしまうことがあったので、授業のない日も毎日塾に自習に行き、宿題以外にいろいろな問題をやり、分からないところや日進で点がとれていない単元は先生に質問しました。

夏休みにやっと二組にあがれました。
少しずつ手応えを感じつつもすぐには得点につながらず、日進も満足のできる点は取れません。あせる気持ちから、寝る時間を削って無理をする毎日でした。
夏期合宿の時、とうとう体調を崩してしまいました。みんなががんばっているのに自分だけ帰らなければならない事が悔しく、母が迎えに来た車に乗って帰る時には涙がでました。
体が一番、無理をすると本当にがんばりたい時に力が出ないことを身にしみて感じました。
それからは十一時半には寝るようにして、限られた時間でより集中していく事にしました。
算数や理科の難問は必ず最後まで理解するようにしました。夏の終わりに配られた算数の問題集は、まず全体を一週間で終わらせ、できなかった問題を何度もくり返しました。T先生に言われていた自分に厳しくなることを何度も思い出しました。特に点が取れなかった社会は宿題をベースに、何をしていったらいいかを先生に相談して、足りない部分の宿題を出してもらいました。

十月に三組に上がり、日進の結果も少しずつ上がっていきましたが、自分の志望校合格を確実にするにはまだまだ点が足りません。そこから各教科一度やった問題集や過去問をできるだけたくさん解くようにしました。十二月に入ってからは日進の問題をもう一度解きなおし、理科や社会の暗記に関しては覚えてないことを徹底的にチェックし、丸つけをした時に確実に覚えました。
入試直前にたくさんの先生方から励ましの言葉をハチマキに書いていただきました。最後に両親と妹と祖父母にも書いてもらいました。

試験当日、お守りとハチマキを首から下げ、これだけがんばったのだから大丈夫という強い意思で向かいました。また母から、
「一生に一度の経験や、楽しんでおいで。」
と言われたので、できるだけ緊張しないで楽しみたいと思うようにしました。

合格発表の日、合格者の番号がかかれている前の幕が上がるまでの時間が、とても長く感じられました。一番に僕の番号を見つけた母が、涙声で「あったよ。」と言った瞬間から、僕は涙が止まりませんでした。
「Ⅰ、受かった。良かった。ようやった。」
と、発表を見に来られていたたくさんの塾の先生方から、抱きしめてもらったり、握手してもらったり、頭をなでてもらったりし、胸が一杯になりました。
自分が合格できたのは、本当にたくさんの先生方や家族に支えられた毎日があったからだと思います。本当にありがとうございました。
これからの新しい道のはじまり、大好きなチェロを楽しみながら勉強も僕らしく、自ら求めて学ぶを忘れずにがんばっていきたいです。