読書感想文2017
N・Kさん/支えあう幸せ

課題図書:

解夏

著者:

さだまさし

 この話は失明してしまうという難病のベーチェット病にかかった小学校教師の隆之の話だ。隆之には婚約者の陽子という女性がいたが、迷惑をかけてしまうだけだと思い、婚約を解消する。しかし、陽子は隆之の故郷である長崎に住むことを決意した。ある日、二人で寺に行くと老人に出会って話をした。それによって隆之の心境は変わっていく。
 私が初めてこれを見た時、「解夏」という題名が気になった。私はこの言葉を初めて聞いたし、考えても分からなかったので、どういう意味か興味を持った。読み進めていくと、寺の老人が隆之に解夏という言葉を教え、失明した時が隆之の解夏だと告げられる。私はこの時やっと意味が分かった。今まで、失明することが一番の恐怖だと思っていたが、こうやって恐い思いをして待っていることが最も辛い時だということだ。私は本当に失明すると宣告されたらどう思うだろうか。きっとたくさん悩むだろう。じっくりと少しずつ見えなくなっていくのも怖いし、突然見えなくなるのも怖い。しかし、隆之には陽子がいたのでその力は大きかったと思う。もし、その時一人だったら、その事実と向き合わずに辛い気持ちのまま生きていたかもしれない。一緒に悲しんだり悩んだり考えたりしてくれる人がいたから、受け入れ難い事実も受けとめられたのだと思う。また、寺の老人がくれた言葉も隆之の心を落ち着かせた。それどころか、発作の回数まで少し減っている。失明する時に恐怖はなくなるという言葉は、一見すると諦めているようにも聞こえるが、そうではなくて前向きな言葉だと思う。私もいつか辛い思いをしている人に気が楽になるような言葉をかけてあげられる人になりたいと思った。
 また、婚約者の陽子についても色々な面で考えさせられた。陽子は主人公の母に不幸になるのが目に見えているから、一緒にいない方がいいと言われるが、主人公との結婚を決断する。これは他人からみて不幸にみえるかもしれないが、本人が自ら決断したことならば、それは不幸とはいえないのではないか。確かに、この決断は多くの苦労を伴うが、愛する人と一緒にいることができるのなら、陽子にとってそれのどこが不幸といえるのであろうか。そう考えると、幸せというものは、他人の物差しでは決して計ることのできない曖昧なものかもしれない。
 最後に、私はこれを読んで人というのは支えあって生きているのだと感じた。私は今、色んな人に支えられて生きているけれど、誰かを支えられる存在にいつかなれるのだろうか。自分なりの幸せを見つけられているだろうか。また、主人公の二人のようにその幸せを共有できる人がいてほしいと思った。また、もしこの先つらいことが私の身に起こることが分かったとしても、この本を思い出して勇気をもらいたいと思った。


《講評》

 Kさんは、失明の恐怖と向き合わざるを得なくなった主人公の隆之のつらさについて考えることができました。そして、そのつらさを軽くしてくれるのは周りの人のどのような言葉や支えなのかということも考えられました。また、近いうちに失明することが分かっている婚約者を支えようと決意した陽子について、愛する人と一緒にいられるのだから陽子は幸せなのだと気づいています。失明した人と一生一緒にいるのはつらいことだから、婚約を破棄するのがよいという考えが一般的かもしれません。しかし、幸せというものは、他人の物差しでは決して計ることができないとKさんは述べています。陽子の行動や言葉の中に、愛する人を支える幸せを感じられたのですね。この作品を通じて、支えあうことのすばらしさ、何が人生における幸せかということをじっくり考えられたことが伝わります。